| 「辻が花」という名称は、15世紀後半にはじめて文献上に現れます。1596年には豊臣秀吉が明国の使者へ、帰国時の餞別として辻が花を贈ったという記述もあります。辻が花は、誕生からおよそ一世紀余りの間に、素朴な絞り染めから刺繍やすり箔をほどこした豪華なものまで各階層の人に広がり、同時に「辻が花」という名称も、今我々が着物といえばすぐに「友禅」と口にするように、身近な日常語となっていたようです。
桂女の小袖、秀吉の陣羽織、徳川家に残る着物などに見られるようにその最盛期は桃山〜江戸時代初期でしたが、友禅染の発達等から辻が花はその存在意義を失い、自然に消滅へと向かったのです。
近年「幻の染め」としてマスコミなどでとりあげられ、「辻が花」の名が一般に知れ渡るようになりましたが、その図柄がたんに辻が花模様として定着した感もあります。
しかし「辻が花」の基本はあくまで「絞り染め」です。そこに描き絵やすり箔などを併用することで、絞り染め本来の美しさを最大限生かした技法なのです。
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