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伝統産業技術後継者育成研修 手描友禅・陶磁器・漆工合同作品展

2017.3.11 / 展覧会・展示会

【伝統産業技術後継者育成研修 手描友禅・陶磁器・漆工合同作品展】

IMG_20170311_122709_0973月17日から19日まで、京都染色美術展が京都市美術館で開催されますが、近くのみやこメッセでは、伝統産業技術後継者育成研修 手描友禅・陶磁器・漆工合同作品展が、20日まで開催されます。

手描友禅研修は、私も含め京都の染色に携わる職人の大多数が受講した歴史あるもので、弟子の井上も今回出品しております。

他にも、みやこメッセでは様々な展示がございますので、春の岡崎エリア散策に是非お越しください☆

 

~「伝統産業の日2017」関連事業~ 

地方独立行政法人京都市産業技術研究所創設100周年記念 

伝統産業技術後継者育成研修 手描友禅・陶磁器・漆工合同作品展

 

京都市産業技術研究所では,京都の伝統産業の発展のため,優れた伝統技術を受け継ぐ「人づくり」を目的とした「伝統産業技術後継者育成研修」を行っており,一年間の研修の成果を披露する場として,研修修了生による作品展を毎年開催しています。  

この度は,弊所創設100周年記念事業,そして「伝統産業の日2017」関連事業の一環として,今年度の3研修(手描友禅・陶磁器・漆工)の修了生に加え,これらの研修のOB・OGも参加する合同作品展を実施します。 

今日の京都において第一線で活躍されている作り手の卓越した伝統の技,優美さと次世代を担う研修修了生の新しい感性から生まれた作品を一堂に展示することで,多様性に富んだ京都の伝統産業の魅力を肌で感じていただける催しとなっています。   

 日時   平成29年3月17日(金)~20日(月・祝) 午前10時~午後5時(最終日は午後4時まで)  

 

 概要  手描友禅・陶磁器・漆工の作品を約400点と,昨年と比べて規模を倍増して展示します。    

 

・「京友禅染(手描)技術者研修プロ養成コース」修了作品,     京友禅染(手描)技術者研修OB・OGの作品(京友禅染(手描)技術者研修50周年記念作品展)

・「陶磁器コース・陶磁器応用コース」修了作品,陶磁器研修OB・OGの作品   

・「漆工応用コース」修了作品,漆工研修OB・OGの作品  

 場所   京都市勧業館(みやこめっせ) 地下1階 第1展示場B  

 

 入場料   無料  

 

 主催   地方独立行政法人京都市産業技術研究所 

四天王寺大学ワークショップ

2017.3.6

昨日は四天王寺大学のワークショップ。
2回コースでテーブルセンターを作りました。

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前回は絞りまでの工程、今回は染め、墨書き、の最終工程です。


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IMG_2309皆さん、各々のお色やデザインで個性豊かな仕上がりとなりました。

今まで6年弱お世話になりました四天王寺大学でのワークショップも、施設の関係で今回が最後。
集大成となる素敵な作品が出来上がりました☆

染帯制作

2017.3.3 / 展覧会・展示会

京都染色美術展に出品する染帯を制作中です。
今年は「京の雅」と題したテーマで、各事業所が「京都」を染帯で表現した作品を展示します。
写真は、帽子絞りを施したところ。これから地色を染めます。

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【第66回 京都染色美術展】

京都染色美術展は、京都最高峰の職人技「京友禅」「京鹿の子絞」「京繍」で創られた「きもの」作品展です。

総合テーマは今年も「振袖」です。
インクジェットの振袖が主流となった昨今ですが、一点ものの振袖を各事業所が力をこめて制作して作品を展示します。

また、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けますます伝統芸術文化を発信していく京都。
「京の雅」と題したテーマでは、各事業所が「京都」を染帯で表現した作品を展示します。

平成31年まで大規模改修工事に入る京都市美術館ということで、この歴史ある建物での展示は最後となります。

どなたでもご覧いただけますので、皆様お誘いあわせの上、是非ご高覧賜りますよう謹んでご案内申し上げます。 ■開催日時
平成29年 3月17日(金)~ 3月19日(日)
9:00 ~ 17:00(入館は閉館30分前) ■場 所  京都市美術館 1階
京都市左京区岡崎(地下鉄東西線東山駅①出口より徒歩10分) ■着物・帯の展示。入場無料。 ■主 催  京都染色美術協会
■共 催  京都府・京都市
■後 援  京都商工会議所・京都市教育委員会・京都新聞・NHK京都放送局・KBS京都
■協 力  西陣手織協会

第66回 京都染色美術展

2017.2.28 / 展覧会・展示会

【第66回 京都染色美術展】

IMG_2214今年も「京都染色美術展」が、3月17日(金)~ 3月19日(日)まで京都市美術館にて開催され、絵絞庵も出品いたします。

京都染色美術展は、京都最高峰の職人技「京友禅」「京鹿の子絞」「京繍」で創られた「きもの」作品展です。

総合テーマは今年も「振袖」です。
インクジェットの振袖が主流となった昨今ですが、一点ものの振袖を各事業所が力をこめて制作して作品を展示します。

また、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けますます伝統芸術文化を発信していく京都。
「京の雅」と題したテーマでは、各事業所が「京都」を染帯で表現した作品を展示します。

平成31年まで大規模改修工事に入る京都市美術館ということで、この歴史ある建物での展示は最後となります。

どなたでもご覧いただけますので、皆様お誘いあわせの上、是非ご高覧賜りますよう謹んでご案内申し上げます。

■開催日時
平成29年 3月17日(金)~ 3月19日(日)
9:00 ~ 17:00(入館は閉館30分前)

■場 所  京都市美術館 1階
京都市左京区岡崎(地下鉄東西線東山駅①出口より徒歩10分)

■着物・帯の展示。入場無料。

■主 催  京都染色美術協会
■共 催  京都府・京都市
■後 援  京都商工会議所・京都市教育委員会・京都新聞・NHK京都放送局・KBS京都
■協 力  西陣手織協会 

風呂敷ワークショップ♪

2017.2.22 / 染め体験

先日、ご家族で風呂敷のワークショップへお越しいただきました。
普段お針仕事はあまりされないと仰っておられましたが、とても可愛らしいお仕上がりになりました。

こちらは、最終工程の墨書きをされているところです。


IMG_2128選ぶお色によって雰囲気はガラリと変わります。

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ご家族でとても楽しんでいただき、次はぜひ帯揚げに挑戦したい!とおっしゃってくださいました。

帯揚げ、風呂敷ワークショップ、随時受付けておりますのでぜひお越しくださいませ♪

明けましておめでとうございます

2017.1.1 / その他

明けましておめでとうございます。
皆様には、幸多き新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
昨年中は大変お世話になり本当にありがとうございました。
今年は飛躍の年となるよう、一層精進いたします。
本年も、変わらぬご交誼の程よろしくお願い申し上げます。
 平成二十九年 元旦

辻が花染め工房 絵絞庵 福村 健

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過去のブログ

2016.12.21 / その他

以前のブログは、アメブロでしていました。

ぼちぼち更新ですが、2009年からしていますのでそれなりの量です。

ご興味があれば過去の記事は、こちらからお読み下さい。

 

絵絞庵Websiteリニューアル

2016.11.30 / お知らせ

絵絞庵のWebsiteをリニューアルしました。

写真等も一新し、今後は新しい作品・商品を皆様に見て頂ける環境を整えました。

また、工房見学・染体験についても分かりやすいページを作りましたので、お気軽にご来店くださいませ。

今後共、絵絞庵をよろしくお願い申し上げます。

【きものサローネ in 日本橋】

2016.10.27 / 展覧会・展示会

【きものサローネ in 日本橋】

明日10月28日(金)から30 日(日)まで
日本橋三井ホールCOREDO室町1にて、きものサローネ in 日本橋が開催されます。

様々なイベントが催されますが、その中の
「100体コーディネート」
に今年も参加いたします。

参加者各々の着物コーディネートが100体並ぶ様子は、見応えがありますよ。

場所は日本橋の江戸桜通り地下歩道。
投票制になっていますので、東京近郊の方は是非ご覧になって絵絞庵に一票をお願いいたします!

今回はプレゼンテーションタイムがあるので、
29日13時から15分程ステージでお話をします。よかったら見に来て下さい☆

よろしくお願いいたします。

開催時間
28日(金)12〜20時
29日(土)10〜20時
30日(日)10〜17時
開催場所:江戸桜通り地下歩道・日本橋案内所前
観覧:無料

東京都中央区日本橋室町2-2-1
主 催:きものサローネin日本橋 実行委員会
会場協力:日本橋三井ホール
特別後援:三井不動産(株)
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辻が花とは

2016.10.20 / 辻が花について

辻が花とは

 辻が花とは何か、と聞かれても、資料不足や資料のあいまいさなどから一概には言えないが、現在の定義では「絞り染めを基調として、描き絵・摺箔・刺繍などを併用したもの」

ということでいいだろう。辻が花の基本となる絞り染めは、奈良時代から日本に伝統的に続く手法で、布を結んだり括ったりして染めた初歩的で簡略なものから、絵模様の輪郭を縫い絞って多色に染め分けたものまで様々なものがある。これは縫い絞った糸の圧力で染料が生地に入るのを防ぐ纐纈と呼ばれるものだ。描き絵とは、直接生地に絵を描く手法で時には絞りさえも凌駕して自己主張している感のものもある。次に摺箔だが、これは金箔や銀箔を糊などの接着剤を使って貼り付け、模様を出す技術である。中世の公家服飾や、室町時代には禅僧の袈裟などにも用いられていた。刺繍はその模様の表出性が高いため控えめに使われていたが、それも時代とともに変化していった。

 このように辻が花は絞り染めがほぼ主となってはいるが、他の補助技法との協調、あるいは離反という非常に複雑な展開が錯綜しているため、それを語るのはとても難しい。しかも、名称の由来や発生の時期や変化・展開は、ほとんど謎といっていいほど確証の無いものなのだ。

辻が花という名称

 名称については多種多様な説がある。簡単にそれらを紹介する。まず一つ目は、模様が旋毛(つむじ)の生えた様に似ているから、という説。二つ目は、つつじが花が略されたものという説。次に、辻=十字路という意味で、これも模様に似ているからという説。また、模様と模様の間を[辻]というのだが、それと関係があるという説、等どれもこれといった確証の無いものばかりで、その名称がどこから出たものなのか、そして今日我々が辻が花と呼んでいるものが当時からそのような名称で呼ばれていたかは一切判っていない。しかし、名称がどうであろうがいつ生まれたのであろうがその美しさは変わらないのだ。

その手法

 模様を表すために、複雑な縫い締め絞り・竹皮絞りなど高度な技法が使用された。小さな模様の鹿の子絞りと呼ばれるものならば、糸で絞るだけでいいのだが、大きな模様のときは巻上げ絞り・竹皮絞りが使われ、染め分けには桶絞りが使われた。巻上げ絞りとは、色の入ってほしくないところをその名の通りぐるぐる巻きに巻き上げることによって防染する、というもので、竹皮絞りとは、竹皮をかぶせ、裏に木や紙の芯を入れて防染する、というものである。この竹皮は現在では使われず、使い勝手の良いビニールへと変化していった。桶絞りは、防染したい部分を桶に挟む方法である。
 想像すればわかるのだが、辻が花の技法は、はっきり言って糸をほどいてみるまで模様がどうなっているのかわからない。そのため、本来多彩な絵模様の表出には不向きなので、友禅染などの糊で防染する糊防染系の表出の自由さには、遠く及ばない。だからといって、辻が花と友禅を同じ次元で語り、それを無条件に技術の進歩・向上とするのは全くおろかな事といえる。なぜならその技法上の制約が、かえって自然な模様の表出効果を招いているからである。

 ところで現在において当時の技術の完全な再現は不可能といわれ、あくまで「化学的な再現」が行われている。原因として、当時は草木を煮出して作った染料を使う草木染めであったこと、生地が今よりずっと薄かったこと、木綿糸が無かったために麻糸で絞っていたことが挙げられる。今、当時の技術の完全な再現を試みても、化学染料も木綿糸も使えないため、それは気が遠くなるような作業になるのだ。そのような悪条件であったにもかかわらず、美しい辻が花をつくった当時の職人の技術は、計り知れないものがある。

服装の変化

 中世において、公家は高級織物を着て庶民は染物を着ることが普通で、染は低俗であると考えられていた。しかし公家政権が崩壊して武家政権になり、武家独自の文化が成長し始めた13世紀後半頃からその流れが変わっていった。十二単は筍の皮をはぐかのように上から脱ぎ捨てられていき、下着的な要素の強かった小袖が最表層に表れてきた。加えて、下剋上の頃にはその風潮に誘発されて下級階層の着物が上級化し、遂にこの二つの動きが合流して、小袖が中心となっていったのだ。もともと十二単は複数の衣の重なりや表裏の色を違えることによって、調和やコントラストの表出を重視していたため、模様の多様性よりも、織物の持つ均一さと重厚な色調が好まれていた。しかしそれが一枚着の小袖になったため、重ね着による色のコントラストを望むことはできず、模様が重要視されるようになったのだ。そのため計算的な織よりも、即興的で表出性の幅が広い染が中心となっていった。こうして織から染への転換が行われたのである。

 また武士だけでなく一般大衆の生活が向上し、それとともに衣生活も向上したため必然的に、着物の意匠と技術の創意工夫が行われ、ここに模様染めの本格的な発展が始まったのだ。その発展の途上に生まれた一つの製品、これが辻が花である。

辻が花の歴史

「辻が花」という名称は、15世紀後半にはじめて文献上に現れる。当時の資料に桂女が辻が花の小袖を着ていた、という記述があるが、その名称が何に由来するのか、またそれがどのようなものであったかは全くわからない。しかしその後は武家の故実書に、辻が花は女性や子供、若衆などが用いるものとして現れ、また成人男子にもスポーツ着には用いても良いともあり、武家層にまでその流行を広げていた事がうかがえる。1596年には豊臣秀吉が明国の使者へ、帰国時の餞別として辻が花を贈ったという記述もある。

 このように辻が花は、誕生からおよそ一世紀余りのあいだで各階層の人に用いられるまでに広がり、同時に「辻が花」という名称も、今我々が着物といえばすぐに「友禅」と口にするように身近な日常語となっていたようだ。当時日本にいたポルトガル宣教師でさえその名を耳にし、『日葡辞書』にTsujigafanaと収録している。

 もちろん一口に辻が花といってもそれぞれ各層の人々によって色や模様の好みも異なり、素朴なものから高級なものまで様々なものがつくられたことだろう。しかし現存しているものは当時の生産量から見ればほんの一握りの量で、寺社に奉納されたものや、上杉謙信・豊臣秀吉・徳川家康らの英雄が着用した形見など、特別に保存され伝えられてきたものばかりである。そのため辻が花は英雄しか着ることのできなかった最高級品であった、と考えられがちだが実際着物とは消耗品であり、特別な理由の無い限り保存されないのは当たり前といえる。

辻が花の歴史~模様の変化~

 辻が花をその模様の特徴で分けると大きく四つに分けられる。

一つ目は室町時代中期以前で、この頃は絞り染めのみだったと考えられる。実物が残っていないためはっきりとはいえないが、技術的にもまだ粗さがあったと思われる。

次に室町時代後期になると、絞り染めに描き絵・摺箔・刺繍などを併用したものが多い。技術的にかなり高度になってはきたが、図案が初歩的で、絞りの自己主張も弱く、他の技法と協調していたのがこの時代の特徴といえる。

三つ目は桃山~江戸時代初期である。この時期はもっぱら実力がものをいう風潮だったので、その文化はまずわかりやすさが前提であった。この風潮はしばしば豪華絢爛という言葉であらわされる。そこに俗悪とはったりが紙一重で存在していたのも事実だが、そうならなかったのは、この時代の現実肯定の風潮によるものといえる。だからそこには逃避も退廃も無く、極めて健康的で、隠れたおしゃれなどは無かったのだ。この時期は辻が花の完成期といえ、男性用のものながら女性用にまがう派手なものが多く、絞りがその本来の美しさに気付き、それを最も生かした時期であった。美しいものを素直に美しいと肯定し、性別など問題にしないその姿勢は、日本の歴史の中でも異彩を放っていたといえる。

最後は江戸時代中期である。この時期になると絞りは色の染め分けだけに使用される補助的な役割となり、細かい模様はほぼ刺繍や摺箔で表されるようになった。それはもはや辻が花と呼べるものではく、加えて友禅染の発達から辻が花はその存在意義を失い、自然に消滅へと向かったのだ。

まとめ

 このように辻が花は、美しい花が咲くかのごとく一瞬だけ歴史上に現れた。しかしその染の理念は、次の時代の染色文化に受け継がれその発展に大きく貢献した。

辻が花は決して量産的でなかったため駄作は無く、全てが丹念に磨き上げられている。その美しさ、そのはかなさから、いつの頃からか辻が花は《幻の染め》と呼ばれるようになった。

参考文献

「辻が花染め」         伊藤敏子     講談社

「日本の美術 辻が花染め」   今永清士     至文堂

「辻が花」           切畑健     京都書院

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制作のことやイベント・展覧会情報、日々の仕事で感じたこと、京都のことなど綴っていきます。
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